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中古のライカのカメラも当店に売れます!

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ライカとは1849年にドイツで設立された顕微鏡メーカーが前身のカメラメーカーです。
歴史は大変古く、レンズの性能やカメラ自体のクオリティの高さから、プロからアマチュアまで世界中に愛用者やコレクターが多いことでも知られています。
設立当初は光学機器をメインに開発していましたが、本格的にカメラの生産に参入したのは1900年代にな りますので、世界的にはアインシュタインが相対性理論を発表した頃であり、日本では日露戦争前後あたりと考えていいでしょう。
それを聞いただけでも、ライカの歴史が大変古いことがわかります。
しかし、開発当初はまだライカという名前ではなく、市販のライカ一号機が生産されるようになったのは1925年になり、ここでライカが誕生しました。

それまでの一般的なカメラは印画紙の上に原版を重ね、光を当てることで露光させ、明暗が実物通りの写真をつくる密着焼きが主流でしたが、ライカが採用したのは、フィルム自体が小さく、それを引き伸ばすことを前提としたものでした。

この引き伸ばしに耐えうるネガを作るためには高性能のレンズが必要となったため、当時は広角レンズを 装着し、必要に合わせてトリミングすることが一般的だったこともあり、ライカを使用する際にはレンズの交換が必須となっていました。

ここから開発されたのが、レンズ交換が可能になったライカC型になります。
さまざまなレンズが開発・販売されたことで、これまで多くの機材を持ち歩かなければいけなかったカメラマンは、ライカの登場でその苦労がなくなったといわれています。

日本のカメラメーカーもライカを目標に小型カメラの開発を行っていたといわれていますが、1954年にライカM3が発売たことで、当時最高の技術の結晶ともいわれたこのライカM3の登場で、日本のカメラメーカーはこぞって一眼レフの開発へと方向転換したとまでいわれる最高傑作です。

しかし、この ライカM3が名機と絶賛されたことが、ライカが一眼レフ市場への参入が遅れた原因のひとつだともいわれています。
1970年代に現在のコニカミノルタと提携したことで、お互いの技術やノウハウがその後の技術開発に多大なる影響を与えることになりました。
経営状態の悪化などもあり、紆余曲折を経てメーカー名がライカになったのは1980年代になってからです。
ライカのカメラには1923年にサンプルとして製作されたライカ0№100から現在に至るまで通しの製造番号がつけられていることでも有名です。

価格も他のカメラとは一線を画しており、1940年代頃にはライカが1台あれば家が建つともいわれていました。
これは当時が第二次世界大戦中でライカのカメラの輸入が困難であったこともありますが 、ライカのカメラの価格が800円~1,000円以上であったことに対し、東京で土地付き一戸建てが1,000円で建てられたことからのたとえのようです。

このように現在に至るまで数々の名機を世に送りだしてきたライカですので、愛用というよりは中古のライカであればあるほど、コレクションしたいという方が多いようです。